a42fb824.JPG私の生まれた家のすぐ近く、竹之内街道と東高野街道の交わるところに旧羽曳野市商工会館という建物がある。建物の外には、「左大和路」「右大坂」と書かれた石碑。裏には寛永○年(○ははっきり読み取れない)と記されている。古市古墳群など古い歴史が日常生活と同居している町でもある。

幼い頃はこの石碑の周りで友達とゴム跳び、おはじき、なわとび・・・毎日のように遊んだ。

この建物が取り壊される。
昨日8日付けの朝日新聞大阪河内版には、
『築100年ハイカラ建築にお別れ・・・有志ら明日催し』とある。
写真展やコンサートがあるというので、親子3人で出かけた。

古市2入り口を入ると、いきなり「あの〜素晴〜らしい愛をもう一度〜」のバンド演奏。見ると、同世代の中年おじさんバンドが熱演中。壁にはセピア色の何十年も前のなつかしい町の写真。そして地元町民の寄せ書き・・・不用意にもいきなり涙があふれてくる。(息子に指摘されまいと必死でごまかす・・・)

この建物は元々は大和銀行古市支店だった。(つまり銀行の敷地が遊び場だったわけだが・・)

一枚一枚の写真が訳もなく懐かしい。
今の場所とは反対側にあった駅。高架駅になる前だ電車改札にあふれ線路に入ろうとする人々を制止している駅員さんの写真。

古市3火事で焼けて再建されなかった町で唯一の映画館カチンコその名も「古栄座」。羽曳野市になる前の南大阪町役場とかかれた建物。

第二室戸台風の翌年、建て替えられた真新しい小学校の講堂の写真学校この講堂では、私、長男、二男、私の妹、妹の息子二人。皆卒業証書をもらった。今では小学校最古の建物だ。

一枚一枚の写真の前で思い出にふける私に夫と息子は物珍しげにつきあってくれている。


数年前から町を守りたいという地元民と行政の話し合いが続けられ、明治時代の建造物は老朽化が激しく、解体して町の集会所を新たに建てることになったらしい。

あぁ〜懐かしい場所がまたひとつ歴史になっていくんだなぁ〜。私にとってはまさに「ALWAYS(古市)3丁目の夕日晴れ

バンドの演奏曲は「ふるさと」に変わっていた。